今春の四月に富山県のパーキンソン病友の会は第20回目の総会を迎えました。20年間共に歩んできた身として感慨深いものがあります。
20年前、友の会を持たない富山県では患者も家族も孤立していました。「パーキンソン病って何?難病ってどういう意味?同じ病気の人ってどこにいるの?」当時はネットも一部の人のものでしかなく、限られた情報しかありませんでした。
そんな時、隣の新潟県で友の会の全国総会と大会があることをたまたま知り得た人たちが、すがる思いで参加し、それを機会に呼びかけが始まり、大きな覚悟もなく仲間欲しさに集まったのが事の発端でした。
しかし、県内の神経内科の先生方が一堂に会して力強い後押しをくださり、製薬会社もマスコミもこぞって協力、中川美佐子さん(初代事務局長)は水を得た魚のごとく日々東奔西走し、次第に話は具体化していきます。年末には富山県中央病院で設立準備の医療講演会(講師:県中央病院 青木先生)を催すことができました。当日はまさかの超満員に廊下まで埋め尽くされ、エレベーターの扉が開いても降りられないという非常事態、あまりの熱気に冬なのに冷房を入れるという事件にまで発展しました。これほど多くの人々が情報を欲していたという事実に、かかわった全員が胸を熱くしたものです。
翌年の4月、第一回目の総会を開催、役員の多くは夫婦、親子で運営に参加、会員も家族で関わる方が多かったように思います。私も実母の介護者の立場から積極的に協力、患者の気持ちを最優先にみんなの気持ちをひとつにして歩み始めた春でした。
初代会長の田子治さんから、畠勲児さん、尾山充さんとバトンタッチされたあと、私木島律子が僭越ながら穴埋めの意味で初めての元介護者としての会長職につき、現在5代目会長に澤田章治さんが患者代表となられたのはホッとするものがあります。
20年の歳月は重みがあり、残酷でもあります。この間にどれだけの方々が逝ってしまわれたことか。どなたも尊敬に値する方々であり、別れは辛いものでした。それでも記憶には素敵な笑顔だけが残っています。感謝するのは素晴らしい出会いと充実した時間、一生の宝物です。
友の会に関わって学んだのは「人は独りではない!」ということ。個人、団体に関わらず、どれだけ多くの人々に助けてもらい、支えてもらい、成長させてもらったことか。そして私自身皆さんからどれほどの元気をいただいたか。何物にも代えがたい経験でした。
さて、コロナ禍のなかで苦肉の策として始めたオンライン交流はしっかり根付き、現在土曜日夜は毎週何らかの形で会員のツールとして活用されています。パーキンソン病患者向けのリハビリの一環としてパーキンソンダンスや月一ダンス、笑いヨガなど様々な先生方の指導にも簡単に参加でき、全国の方々と共有できます。決して簡単ではなかった取り組みに、四苦八苦で学んでくださった皆さんの熱意のおかげです。総会も二年続けて会場とオンラインの二方向で開催できました。対面が望ましいとはいいながら患者会としては出かけにくい人のために両刀使いが望ましい方向ですね。
まだ参加なさっていない方は事務局にご連絡ください。みんなでサポートします。
新体制の中で一年、順調に会が運営され、自分たちの会として積極的な意見が聞かれるようになって喜ばしく頼もしく思えています。困難なことの多いパーキンソン病ですが、仲間がいればモチベーションが上がります。一人一人の意識が全体を動かします。一般会員の方もどうか積極的に関わってください。必ず得るものがあります。あなたたちの力がパーキンソン病友の会を動かし、政治を動かし、世の中を動かします。その証拠に今年も皆さんの署名活動の「パーキンソン病患者への難病対策の推進を求める請願」が国に採択されました。おめでとうございます。三年連続の快挙です!
今後も患者のため、家族のため、医療促進のため、パーキンソン病に関わるあらゆる人のために富山県のパーキンソン病友の会がより一層の役割を果たしていかれんことを願います。