富山県パーキンソン病友の会

(全国パーキンソン病友の会富山県支部)

カテゴリ: ごあいさつ

2015年10月に富山ヨーガ療法士会主催のヨーガセラピー講習会でヨーガ体操を習ったのがきっかけです。その後も継続が必要と月1回集まり練習会を開くことになりました。翌年5月に会の名前があったほうが便利だと「はるみの会」と命名しました。 

新川地区ではそれ以前より新年会で宇奈月温泉一泊を恒例としていました。また「淑女の会」と名付けて食事会など楽しい企画で情報交換していました。 

 それらを踏襲しながら、現在は毎月第一木曜日10:00から黒部市役所市民交流サロン室で開催しています。 

 コロナ禍で対面を避けグループラインのグループ通話に変えて情報交換していた時期もありました。 

 リハビリや笑いヨーガ、卓球、風船バレーボール、風鈴やコースターつくりなど行いながら楽しく情報交換しています。 

 会員の高齢化、症状の進行などで参加がままならない状態の方が多くなって来たことが課題です。 

 お互いを思いあう温かい雰囲気を大切にしながら、課題解決の術を探していきたいと思っています。 


富山地区交流会は毎月第一土曜日の午後から松寺さん(松寺永福寺 富山市梅沢町3-1-10)をお借りして開いています。 

体を動かすことの大切さを実感されている参加者の方は、とても元気でパワフルな方がたくさん! 

「この病気は運動7割薬3割だよ、さぁ今日も頑張って体を動かすよ!」と声を掛け励まし合いながら運動が始まります。 

ちょっと難しそうな棒体操(新聞紙を巻いて棒状にしたもの、これすらも参加者の手作り)。うまく出来なくて当たり前!やろうとする気持ち!やってみようとする姿勢!  やったぁと言う達成感!それが大事だよ、そんな声が飛び交います。 

 

交流会にはボランティアとして参加し、太極拳を指導してくださる方もおられます。参加者同士で得意なことを教え合い、とても賑やかに和気あいあいでリハビリなど行っています。 

座談会ではお互いの疑問や気になっていること、こんなことが良かったよなど話し合いとても良い交流になっています。 

努力されている姿勢、病気と向き合う姿勢はとても素敵です。 

今後も変わらず交流会を続けていきたいと思います。 

皆さんが楽しく活動されている姿を見て、一歩を踏み出してくださる方が一人でも多くなることが、富山交流会の目標でもあります。 

どうか気楽な気持ちで、いつでも、少しの時間でも参加してみませんか。よろしくお願いいたします。 


例年以上に暑い夏7月今年もまた、京都大原記念病院に行きました今年で、4回目…
毎年大原へ行きたいと私が言うと、主人は帰ってきてからの様子をみても、大原で学んできたことを活かしてないのではないか?本来なら、帰って来てから指導されたことをきっちりしてれば、大原に、行く必要もないのではないか?そういうことで行く意味あるのかと…心当たりのある、私は下を向きながらできないから年に1度リセットしてくるんだもんと、今回も半ば強引に行くことを決めました!
  本当は、今回とても不安でリセットどころではない。年齢のための老化か、病気の進行か、背中や腰の曲がり、筋力低下、体力低下を、ひしひしと感じ外出時の歩行器も手放せなくなってきていたからです。今の状況では悪くなる一方で良い方向になるのには無理だと思っていました。
不安通りに大原での初日の評価は最悪でした。今まで前年度を上回っていたものが今年は下回るものばかり…挙げ句の果てには息切れの酷さ!大丈夫かなぁ?28日で良くなるのかな?いくら単純な私でも、大原に来るだけで良くなるとは思っていませんが…頑張るしかない!と、心の中炎がぽっときました。
今回も私の極端なONOFFを考慮してくださりリハビリの時間を固定してくださいました。私のBIGを教えてもらうのが、N先生20代爽やかなPT今年BIG資格取ったばかりで、私が初担当になるそうで、やる気満々!
午前は8 時40分、高沢さん、今日も頑張りましょうとN先生が登場しBIGを始めます。大きな声で、前、下、上、開いて123…10言いながら体を大きく動かす…ダメだ。体幹がぶれて常にグラグラしている!動きも鏡で見ると小さい!息切れも何より身体が硬いBIGを終え、疲労困憊、残りの時間があるので病院の外周約800メートルのコースを歩く。最初は、BIGも時間がかかり歩くのもほんの何100メートル背中や腰がまがり、激しい息切れ!毎回根気よく背筋を伸ばして、大きく歩いてにこやかに指導、体中の水分がしぼりだされるくらいの汗が噴き出る。それでも、N先生の指導と大原の自然の景色豊かな外で歩くことはどんなに暑くても、私には楽しみでした。
午後は13時からY先生30代落ち着いたPT、クールな外見と裏腹にお子様大好きなパパ。Y先生は体全体のことを見てくれて、私に必要なトレーニングの説明を交えながらトレーニング、最初、私が自分の状態を目の当たりにして落ち込みそうになりましたが、上手に硬軟織り交ぜて指導してくださいました。
パーキンソン病患者特有の真面目で几帳面ではない私は、毎回プログラムに入り看護師の付添が入る。BIGの自主練を、こなせても普通の自主練は、なかなかできていませんでした。私の言動から察知され、自主トレ表を作って下さり、不都合な所は訂正するので感想聞かせてくださいと、そう言われれば、やらなきゃいけない…大原に来てもなかなか怠け心が抜けない私、感想を述べると、新しい資料を作って下さいました。そしてまた感想、そうしているうちに毎日自主トレをしていました。Y先生の手のひらで転がされたようです。自主トレの中身を後ページで紹介しています。なまくらな私でも出来る体操です。
今回は体の反応がとても遅く、体重も中々落ちず大丈夫かなーと思っていました。ここのリハビリを信頼しているので、焦りはありましたが不安はありませんでした。三週間目過ぎた辺りから身体が変わってくるのを感じました。四週間目に入ると体重も落ち、身体も確実に変わりました。但しまだ身体の不安要素がいっぱいです。前回までは、帰ってからの他の方達からの評価がものすごく気になったが、今回は自分がどうなのか?自分はどうしたいのか?初めて男性2人担当先生が千夏(おばちゃん)ファーストで指導してくださり病気だからといって私の行動を制限されることのないように配慮してくださった。自分のリハビリの為の28日間でした。
終わりも近づく頃他のベテランの先生が高沢さんは今やっと火がついた状態ここからぼーっと燃やしていかなきゃと励まされました。気付いたら毎日の自主練も続いていました。家から持参した折り紙画用紙はそのまま。テレビもみないでリハビリ、疲れてやすむ日々でした。
家に帰ってから朝起きて薬を飲んでONになってからNHKのテレビ体操をしてステッキで歩いています。そしてBIGを毎日続けているうちに、だんだんと背や腰が伸びてきてスティックで前から見たら軽快に歩けるようになりました。
継続は力なり
作り作り変え作る臨床美術の核になるコトバ
作り→ 大原でリハビリする
作りかえ→上手くのせられ自主練する私
作る→全体にレベルアップした私
精神的にも
作り→今回は連れがいなくても大原行きたい
作りかえ→自分のことだけに集中
作る→自分を大切にできるようになる。
私は今もON OFF に悩まされています。
OFF時は、身体も気持もとても辛くてたまりません
生活してゆく中で、OFF時の対処法という引き出しが増えています。今回の大原でも増えました。辛いとき引き出しを次から次へと開けて行きます。いつか完治という引き出しにたどり着きたい。
リハビリは噓をつきません
私は、このからだで生きていく。
ルーチンで行っているリハビリの一部です。


 

 
 
 

 朝夕はようやく凌ぎやすくなりましたが、会員の皆様にはお変わり有りませんでしょうか。平素はパーキンソン病友の会富山県支部の活動に対してご理解を頂き、心より御礼申し上げます。
新型コロナウイルス感染症は5類感染症に位置付けられました。10月よりコロナ薬【有料】、入院診療に要した費用【一部補助】になるようです。感染もようやく落ち着き、3年間研修・交流会が中止になっておりましたが、今年は感染防止に務めつつ、上市町のつるぎ恋月(9月24日〜25日 25名参加)にて開催致しました。
●今年度は会員の皆さんが、それぞれに合った生活を過ごしでいた だける環境づくりに向けて、身近になったパソコン、スマートフォン、タブレットなど を活用してのミーティング、役員会、リハビリ体操など新しい活動方法の導入に向けてさらに取り組んでいきたいと考えています。
● Lineの活用や Zoom での総会・医療講演会、ミーティングもこの会場と各家庭からのリモート参加者(19/77名)などで開催することができました。
地球温暖化に伴い最近各地で頻発する自然災害、安全が確保されている場合は自宅にとどまって生活を続ける「在宅避難」時にもホームページ、Googleアプリを活用して、より便利に利用できるようにしたいと思います。これらのアプリにはいろいろな機能があり使い方次第で様々な利用ができます。それだけに道具に振り回される事なく使いこなす努力が必要です。結果を出すという意味でも自分の人生を豊かにするという意味でも自分の頭で考える訓練が必要になっています。テレビ や新聞を読んで なんとなく 仕入れた情報では ほとんど問題解決ができません。 ホームページ(分類:スマホ・パソコン)などで利用方法などの手助けができたらと思っております。
●全国パーキンソン病友の会本部で進めている全国会報の戸別配送(8月号No.173)については全国の約1/3の方がすでに戸別配送済になっています。)についても協力して「全国パーキンソン病友の会会報」富山県分(約90会員)を戸別配送にするように協力します。
そして皆さんが、日々体を動かし、リハビリに励み、それぞれの方が満足できる生活を過ごすことを支援できればと考えています。ボランティア・ご家族の皆さま何かとお世話になりありがとうございます。今後も変わらぬご協力ご理解を賜ります様お願いいたします。

畠夫妻2 (2)
2024年11月で「畠リハビリジム」を立ち上げられた畠勲児さんの七会忌になります。2018年の夏、畠さんが炎天下を自転車で「納屋を改造した畠ジム」へ案内してくださいました。おかげさまで今もヨガ体操を学ばせてもらっています。パーキンソン病と診断された畠勲児さんが、平成16年(2004年)に自宅の納屋を改装してはじめた、全国でもユニークなリハビリジムです。春には花見、秋にはリンゴ狩りなど、病気を忘れるくらい行事も活発で、ボランティアさんたちと一緒にワイワイガヤガヤ楽しんでいました。
私は。2008年の正月休みに家族から「右足を引きずっている」との指摘をうけ、一週間の検査入院の結果、パーキンソン病と診断されました。当初は、パーキンソン病について難病としての認識はなく、毎日半錠の薬(ネオドパストン)を飲むのと転倒に気をつける程度でした。東京での単身赴任で食生活などの不規則な習慣が原因かなと思っていました。2011年(平成23年)に退職、右足の動きが少しづつ悪くなり、「前かがみの姿勢(遅くる)」、「左ボタン止めがしにくい」、「食事に自分だけ遅れる」、「少しの段差でつまずく」、「便秘」、「夜間頻尿」、バランスがとりづらいため足が前に出にくくなり、つまずいたり転んだりしやすくなったりしました。このため、バランスを取ろうとしてふだんから立ったときに前かがみになり、歩くときはすり足で歩幅が小さくなりがちになりました。そのために杖や歩行器を使ったりしています。

 畠勲児さんは、定年退職後の2002年(平成14年)に体調を崩し、パーキンソン病と診断されました。当時は10年で寝たきりになるといわれていたので、将来への不安に凄く落ち込んだそうです。しかし、医師の「薬を飲むことと同時に、リハビリは毎日欠かさぬように」との言葉に一縷の望みを抱きリハビリをはじめようとしたものの、周りにリハビリをしている団体も場所もありませんでした。それならばと、自宅の農機具など仕舞っていた納屋を改装して無償で提供することを決め、2004年(平成16年)11月、富山県パーキンソン病友の会の仲間3人が2階に集まり、トレーニング器具を使ってストレッチ運動などのリハビリをはじめました。その後、リハビリの内容も、整体の専門家に協力を仰いで独自に考案した体操をDVDに編集したり、2005年(平成17年)からは、ヨガ講師の指導によるヨガ体操をはじめとして、詩吟に音楽療法と多くの援助者の力をお借りしながら、リハビリメニューを作られました。その間、会員が増えて手狭になった2階から移るため1階の土間を床張りにしたり、トイレやエアコンを増設したりと設備の充実を図ることができました。その他にも、流し台を修繕したり、駐車スペースを拡張したりと、畠さんや友人らの奉仕によるリフォームを続け、ソフト面ハード面共に全国でもユニークな奉仕によるリフォームを続け、ソフト面ハード面共に全国でもユニークなリハビリジムとして知られるうようになりました。2009年にNHKテレビで紹介されて多くの見学者が訪れました。

畠ジム タイムテーブル(2009年ごろ
<月曜日>
9:15~10:30 リハビリ体操
10:30~11:30 ヨガ体操
11:30~12:00 コーヒータイム
〃 ~ 〃 (第1月曜日) 食事会
〃 ~ 〃 (第3月曜日) お茶会(抹茶)
12:00~12:15 ハンドベル
13:00~15:00 ハーモニカ教室
<水曜日>
9:15~10:30 リハビリ体操
10:30~11:30 (第1水曜日) 手芸教室(女性)
ビーチバレー等(男性)
〃 ~ 〃 (第2水曜日) 詩吟教室
〃 ~ 〃 (第3水曜日) 音楽療法
〃 ~ 〃 (第4&第5水曜日)パーキンソン病体操
(身近なものを使って)
ビーチバレー等
11:30~12:00 コーヒータイム
<金曜日>
9:15~10:30 リハビリ体操
10:30~11:30 ヨガ体操
11:30~12:00 コーヒータイム
12:00~13:00 カラオケ・囲碁・将棋
週3回(月、水、金) リハビリやヨーガ以外にハンドベル、ハーモニカ、詩吟 など講師の参加もあり、囲碁、将棋、カラオケと各々同好会があり楽しく集いをしてき ました。
一年間のプログラムは1月は初釜、2月は日帰りでの温泉旅行、4月はお花見 7月は流しソーメン、11月はりんご狩り、12月はクリスマス会など恒例の行事としてき ました。 行事は畠さんの奥さんやボランティアの方々の協力なくしてはできなかったと 思います。

コロナ禍で畠ジム自体も一時休止したり、出かける行事はなくなってしまいました がりんご狩りは続けています。 今年も国吉りんご園のオーナーとなり、11月に掴み取 りに行く予定です。
(2016年:会員。賛助会員21名)(2023年:20名)7年間での退会者が15名(内亡くなられた方;藤巻さん、佐賀さん、畠夫妻、森さん、棚邉さん:6名 転出:島さん 東京へ 藤平さん 岡山へ 送迎ボランティア:高橋さん ホームページ、ビデオ作成:升さん、音楽療法:三村さん、ハンドベル:山下さん、パーキンソン病研究:伊藤先生
)でした。いずれの方々にも何かとお世話になりました。
新型コロナの影響もあり、7年間での退会者が15名でしたがヨガ体操(小林先生、ボランティア:福光さん、筏井さん、青木さん、森川さん、棚邉さん)、お茶会(抹茶)にはいまでも15名ほど参加されています。



  コロナ禍も落ち着いたと思ったら地震、大雨、台風などにより全国的に被害が続出しています。富山県は比較的に災害が少ないようですが油断は禁物、他人事と思わず、災害に備えて皆さんはどのような対策をお考えでしょうか。

パーキンソン病の診断を受けてから早いもので5年目になります。パーキンソン病による症状の進行はあまり感じる事なく過ごしていましたが、昨年後半には高齢の為か不整脈の他いろいろと身体に異常がでて、複数の病院に通う日々でした。
この間は毎週1回の施設でのリハビリは続けていましたが、複数の通院のため自宅でのリハビリ、軽運動は時間的に余裕がなく、できるだけ歩くようには心掛けていました。バランスが悪く微妙にふらつく様になり杖を使用し転倒しないよう心がけていました。又、家族からも『重いものを持つな、無理はするな』と言われていたにもかかわらず今年の2月に自宅前で荷物を持ち上げる際にバランスを崩して転倒し右の大腿骨を骨折し即日入院、翌日手術の後1カ月以上の入院をすることになりました。
現在は回復に向けてリハビリに励んでいますが、手術後3ヶ月は歩くこともできず3か月間のブランクは体力を取り戻すには時間がかかりそうです。
パーキンソン病、骨折と合わせ今迄行っていた運動やDIYなど、日常生活が出来ない事に若干のストレスや焦りが有りますが、6月に入り毎日2キロ程度散歩ができるようになり骨折の症状も回復に向かっていることを実感しています。
幸い骨折の手術から現在までパーキンソン病による症状の悪化は見られず今後もリハビリを継続してゆく所存ですが、今回の骨折した反省として自分自身の体調を考慮して焦ることなし『無理をせず、ほどほどに』を教訓に暮らしてゆきたいと感じています。
このような状態で富山県パーキンソン病友の会の副会長をお受けすることになりましたがまだ体調が思わしくなく不安ですが役員、会員の皆さんのご協力を得ながらお役に立てるよう努力してまいりたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


新役員になって (1)
富山市 吉田 麻子 
私は六年前にパーキンソン病と診断されました。病気だとわかった時は目の前が真っ暗、暗闇に突き落とされたような気持ちになりました。最初はこのまま生きていても人に迷惑をかけるだけ、死にたい、川に飛び込んで死のうとさえ思ったこともありました。
でも友の会に入会して仲間の皆さんと交流するうちに、自分だけではない、皆さんからたくさんのエネルギーを頂き、自分はまだ大したことはない、まだ自分にできることがある!と前向きな気持ちになることができました。 
特に高沢さんを見ていると、OFFになり大変な状態の中でも友の会の仲間のために一生懸命されている姿に感動して、自分も少しでもお手伝いできればと思い役員になりました。まだまだ至りませんが、皆様とともに歩んでいこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 
 
新役員になって (2)
富山市 水谷 智子
富山支部の高沢千夏さんとは若い頃からの知り合いで、久しぶりにお会いした時パーキンソン病を患っていると知り、その後高沢さんからのお誘いもあり富山交流会のボランティアとして参加したことが関りの始まりでした。
会を重ねる度にパーキンソン病を患いながらも、日々ご自身の病気と向き合い生きておられるみなさんにとても感銘を受けるようになりました。
私自身は介護ヘルパーとして多くの利用者さんと関りを持ち働いています。
様々な障害、疾病により不都合になった身体を私たちヘルパーがサポートすることで、日常生活を営んでおられる方々をたくさん見ています。その中で感じることは、どの方も生きる事にとても前向きなのだと思います。ご自身の出来る事はご自身でやりたい、時間がかかってもご自身の力でやりたいとの思いを強く感じます。そしてそれができることであれば、回りの人々が環境を用意してさしあげることが大切だと思っています。
私の実母がそうでした。79歳まで一人暮らしで、出来ないことは私がサポートして生活を続けていました。腎臓病により週3回透析に通う日々。家事などほぼ出来ずそれでも自宅での生活を望み貫いていました。そんな母のような方々の支えになれればと介護の仕事を本格的に始めました。
しかし、その母が昨年10月に亡くなり母に使っていた時間がぽっかりと空き、その時間をどのように使うか悩んだり考えたり。
そんな日々のなかに、この会での役員としての参加のお話があり、これも何かのご縁、タイミングなのかなぁとお引き受けすることにしました。
今後この会に参加させていただき、会員の皆様方とは日常生活の励みになるようなイベント参加や体験をサポート出来たならと思います。
辛いリハビリや治療の日々に楽しみや希望があることで乗り越えていける、その辛さを共有し協力できるような人に成長出来ればと思っています。



全国パーキンソン病友の会富山県支部  NO.122 2023.7  より転載

長い冬も3月の声を聴くと寒さもようやく和らいできました。

昨年は、パーキンソン病に加え、心臓疾患で検査や治療と病院通いの一年でした 。主治医の先生にはパーキンソン病以外の心臓病に関しても、いろいろフォローして頂き感謝しています。 おかげで現在は小康状態を保っています。 

パーキンソン病も落ち着いた状態ですが、オフ状態のときは妻より「ロボットと一緒だね」と言われます。油が切れ動けなくなった時は、立ち上がりに時間がかります。 足も前に出ません。

ある時一般道の歩道で倒れてしまいました。 急なことで一瞬目の前 分では転んだ自覚がありません。 その時、通りがかりの車から若い男性が下りてきて、起きるのを手伝ってもらいまし た。親切な人にめぐり合わせた事、頭を打たなかった事がよかったと 50メートルの距離を感謝しながら家路に着きました。

「ヘルプマーク」の携帯の必要性を実感しました。 電車、バスなど 外見からではわかりにくいので、付けていることで必要な支援を受けられると思いま す。

パーキンソン病と診断されてから17年経ちました。 これまで買い物やゴミ出しなど できていましたが、今は一人では困難で病院への通院や買い物など妻と二人で出か けることが多くなりました。 手助けしてもらいありがとうと言いながら生きたい 思っています。

パーキンソン病でなくても、加齢と共に体の機能が変化したり、 障害を起こしやすくなる 「フレイル」の状態になります。 いろい ろな危険性も高くなります。 会員の皆様と情報を共有し、 会報 載のリハビリや ZOOMでのリハビリを生活の中に取り入れ 日一日を大切に過ごしていきたと思います。

全国パーキンソン病友の会富山県支部  NO.120 2023.3  より転載

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